開発と経済のはざま

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ブックレビュー:グローバリゼーションパラドクス

私がハーバードのMPA/IDコースに行きたい理由の1つに、ダニ・ロドリックが教鞭をとっていることがあります。国際開発、なかでも経済発展と国際経済の研究者であり産業政策の必要性の議論やグローバリゼーションへの警鐘が有名です。書籍になっているのは本書のみですが、ロドリックの考えの根幹にある行きすぎた自由経済批判を良く理解することが出来ます。

現在主流となっている新古典派経済学では政府の役割を一定程度評価しつつ経済主体の自由な経済活動が前提となっています。特に貿易の自由化、資本移動の自由化は現代社会が疑いなく向かっている方向であり、戦後の東アジアを中心とした急速な経済発展はこの自由化政策に因るところが少なくありません。生産と消費のグローバル化は間違いなく新興経済に大きなチャンスを産み出しました。しかし、自由化はある程度規制されるべきとロドリックは説きます。貿易自由化は各国独自の産業発展を困難にし、資本移動の自由化は金融危機を引き起こすためです。現在先進国とされている欧米諸国や日本もその経済発展過程において相当の保護主義をとってきました。それなのに、なぜ途上国に対して自由化を課すのか。先進国の便益しか考えていないのではないかと議論は展開します。

このグローバリゼーション批判に先立ち、その他の手段として民主主義・国家主権のいずれかを諦めるという手段も示されています(この3つを全て両立することは不可能というのが、著者の言うパラドクス)。民主主義を諦めるとはすなわち弱者を置き去りにした総体としてのみの経済発展、国家主権を諦めるとはグローバル政府の設立(EUの世界版)のようなものですが、いずれも実現可能性は乏しく人々の理解を得ることは困難です。また、本書が出版されて以降のEUの衰退やBrexit・トランプ政権発足をみても、この2つは現代社会の基礎でありないがしろにできるものでないことがよく分かります。

ロドリックはもちろんグローバリゼーションそのものを批判しているわけではありません。現に書籍全体を通じてブレトンウッズ体制時の「緩い」グローバリゼーションを評価しており、各国の政策自由度を高めた現代版ブレトンウッズをどのように実現するかという議論が後半なされています。WTOセーフガード協定の活用、貿易・資本規制を強める変わりに労働移動の自由化をもう少し進めること(これだけで莫大な経済価値をもたらす)等の具体的な提案がなされておりいずれも納得できるものです。

中国・アメリカの2強大国を筆頭に急激にナショナリスティックな政策が実行されていくのは、本書の趣旨と同じ制限されたグローバリゼーションの考えとは一致しているものの、著者が意図していた世界とは全く別の世界が実現されようとしているのではないかと懸念を覚えます。

是非、進学先にて著者の考えを聞きたい思いです。

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

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